不協和音:4
「ひ、久しぶり!」
やば、ちょっとどもった。
「おう。」
前と何も変わらない。
いつもの成ちゃん。
車の助手席に乗ると、①覚えのある成ちゃんのたばこのニオイ。
さっきまで貴くんと一緒にいた事を、一瞬で忘れてしまう。
やっぱり私はこの人が好きだ。
「ラーメン、どこ行くの?」
「そうだねー。阿佐ヶ谷かな。」
「あ、あそこか。好きだよあの店。」
ちょっとほほ笑むと、成ちゃんは車を走らせた。
「元気にしてたの?若者ギャル。」
「若者ギャルって何よ。そもそもギャルじゃないって何回言えばいいのよ。」
「俺からすると年下は全員ギャルだね!」
「もう~~~~、ギャルでもなんでも良いよ~~~。」
「俺さ、また新しいバイト始めたんだよね。」
突然成ちゃんが新しいバイトの事を話し出す。
私は以前成ちゃんが掛け持ちでバイトをしていた時キャバクラ通いにつながった事を思い出し、かなりドキっとした。
ドキっとする権利なんてないのに。
「え?何のバイトしてんの?」
「知り合いの小料理屋さんで接客してる。」
「えーーーー!!!成ちゃんが?それは見たい!」
「おお。じゃ、今度俺がいる時おいでよ。」
「場所わかんないよ…。」
「そうか、じゃー最初は俺が連れて行ってやるよ。」
「やったー、ありがとう!」
あれ、なんだ?
3ヶ月会ってないって、こんなもん?
なんだか、昨日も会ってたかのように話しが弾む…。
「ちょっとスナックみたいな店で、ママがいるんだけど面白いママなんだよね。料理もおいしいし。カラオケも歌えるぞ。」
「やったーカラオケ!」
あ、カラオケ…。
貴くんにお金渡してくるの忘れた…。
次回会った時に渡さなくちゃ…。
ぴろん♪
ケータイが鳴る。
[今日はおつかれ。次回は2人で飲もうな。]
貴くんからだった。
モゾモゾしながらこそばゆい気持ちで貴くんに返信をする。
成ちゃんは黙ったまま何も言わない。
絶対に音は聞こえていたし、私がケータイをいじってるのはもちろん気が付いている。
珍しく音楽も何もかかっていない成ちゃんの車の中で、ケータイのボタンを押すカチカチという音が耳に障る。
「そういえば、いくら知り合いだからって、どうしてその小料理屋で働こうと思ったの?」
さりげなくバッグにケータイをしまいながら、質問する。
「これまで働いてた子が辞めちゃったらしいんだよ。結婚するとかで。だからママさんは女性を探してたみたいなんだけど、俺が知り合いとその店に行った時にバイト探してるって言ったらすんなりその場で決まった(笑)」
「何それ、そんな簡単で良いの?ママ!」
「会った事ないのに言うね~。」
こうして私達は大好きなラーメン屋さんで豚骨ラーメンを食べ、まるで何も無かったかのようにいつものドライブに行き、成ちゃんは少しの迷いもなく私の家に私を送り届けた。
自分の部屋に戻ってケータイを見ると、先に帰った事を怒ったゆみと、勘の鋭い正子から、メールが届いていた。
①覚えのある成ちゃんのたばこのニオイ。
└ヒトはニオイで記憶を呼び起こしやすいです。
それは、脳の嗅覚野が感情に関する扁桃体や記憶に関する海馬、といった脳の他の部位とつながっているからです。
これをプルースト効果と言います。
2020年現在流行っている、『香水』という曲の歌詞に出てくる描写も、この事を指してますよね。